覚書 近年のオレンジワインブームの流れ
ナチュラルワインを多く扱うお店にとって、避けては通れないのがオレンジワイン。
グロワグロワも例外ではありません。
今回は自分の備忘録代わりに、オレンジワインの歴史について覚え書きを残したいと思います。
目次
その前にオレンジワインとは
オレンジワインの認知度は上がってきていると思いますが、お客様の反応からすると知らない方が全体の40%くらい。
全く飲んだことない方は60%くらい。
飲んだことはあるけどあまり好まないという方は20%くらい。
こんな印象です。
醸造方法と色
オレンジワインは、オレンジ色のワイン。
大別すると白ぶどうを使って作る白ワインの一種ですが、通常は取り除くはずの果皮や種などを長期間浸漬させる工程(=スキンコンタクトやマセラシオンという)を取るので(これは赤ワインの作り方と基本的には同じことです)色がつきます。
よってオレンジ色になる。それでオレンジワイン。
味わい
そのような作り方をするメリットは色々あります。
最も大きな点はその味わい。
ぶどうの果皮には香りの成分、種子には渋みの成分が多く含まれていますが、それらを浸漬することでそれらを存分に抽出できます。
結果として出来上がるワインには、一般的な白ワインとは異なる複雑で重層的な味わいと、香りが加わります。
個人的にはユニークな酸と程よい渋みが感じられるオレンジワインが本当に好きです。
長持ち
オレンジワインには通常の白ワインに比べ、果皮や種子由来の成分であるポリフェノールと渋み( = タンニン)が多く含まれます。
これらはある程度酸化防止の効果を持ち、長期熟成に耐えるポテンシャルを与えてくれます。
熟成したワインってほんとに神の雫…
これの何が素晴らしいかと言うと、何年も熟成して素晴らしい味の変化を期待させてくれること、そして酸化防止剤をワインに添加する必要性が限りなく小さくなるということです。
全てのオレンジワインがナチュラルなものだとも言いませんし、酸化防止剤が全く悪いものとも言いませんが、入れる必要がない時に入れなくていいならそれに越したことはないと思います。
ブームの流れ
いろいろなところで聞く、あるいは読むところによるとオレンジワインの流行とナチュラルワインの流行は時期が重なるところもあるようです。
1980年代から北イタリア「フリウリ州のコッリオ地区」の数人の醸造家たちによるムーブメントがありました。
中でも有名なのは、造り手の「ヨスコ・グラヴネル」と「スタンコ・ラディコン」の2人。
彼らは失われつつあった果皮の長期間浸漬という伝統的醸造方法に回帰して大きく成功した生産者です。
(実際はさまざまな苦労があったそう)
また同時期にフリウリに接するお隣の国、「スロヴェニア」でも同様の流れがありました。
近年のオレンジワインブームの最初の興りです。
舞台となる2つの地域
元々フリウリのコッリオ地区とスロヴェニアは1910年代以降戦争などで何度か国境線が変わってきたという過酷な歴史があり、文化や民族が混在している土地です。
畑はイタリア、醸造所はフリウリ、なんていうところもあるそうで実際当店で扱うワインの造り手さんにもいます。特にワインの伝統に関してはお互いに共有してきた部分の多い地域と言えます。
どちらも伝統的に果皮を浸漬する造り方をしていた歴史があり、上記のグラヴネルやラディコンの家でも2世代くらい前まではそれが自然と行われていました。
しかし1970年代くらいからワインの近代化の波が押し寄せ、先進的な設備や最先端技術のワイン造りが持て囃されるにつれ、その伝統は薄れていきます。
景気となったのは「パリスの審判」と呼ばれる出来事。
簡単に言うと圧倒的歴史を誇る伝統的フランスワインに、新参のカリフォルニアワインがブラインドテイスティングの審査で勝ってしまったという事件です。
これをきっかけにカリフォルニアの最先端ワイン醸造技術が絶大な人気を得て、そうしたスタイルのワインがニューワールド(カリフォルニアなど)からオールドワールド(フランスやイタリアなど)に逆輸入されることに。
フリウリも同様でした。
原点回帰
この流れはニューワールド、オールドワールドに関わらず世界中のワイン品質を大きく向上させる革新的なものでした。
絶対的権威のあるフランス(中でもボルドー、ブルゴーニュ)でなくても美味しいワインを造れることが証明され、ワイン界が大きく変わったのです。
しかし同時に各地でカリフォルニアワインを手本としたワイン造りが流行し、「そのようなワイン」が多く造られるようになります。
「テロワール」という言葉があるようにワインは土地を映す飲み物ですが、そうした近代的ワインは時に画一的すぎることもありました。
つまりこの流行が、その土地の本来持っていた伝統的個性を損なってしまうという側面もあったのです。
これを危機感を覚える人が現れたのは当然とも言えるでしょう。
それが例えばグラヴネルやラディコン、そしてずっとおじいちゃんやおばあちゃんの畑とワインづくりを見てきたフリウリとスロヴェニアの若い造り手たちでした。
ジョージア
グラヴネルは自身のワイン造りを見直すに当たり、ジョージアに行ったと言います。
この国はワイン発祥の地とされ、その歴史は8000年以上前に遡ります。
特殊な容器「クヴェヴリ」(素焼きの甕のようなもの)でワイン造りをするのが伝統で、正にスキンコンタクトの白ワインが造られてきました。
ここでも世界のワイン業界の動向と同じように伝統的ワイン造りのの危機が起きていて、クヴェヴリやスキンコンタクトワインは既に希少なものになっていたそう。
(理由はパリスの審判とはまた異なり、時期ももっと早い。ロシア、ソヴィエトからの支配を受けワイン文化は破壊的なダメージを受けていた。)
しかし幸運に恵まれこの伝統的なワインと奇跡的に出会い、グラヴネルはクヴェヴリとスキンコンタクトによるワイン造りをフリウリで実践。
結果、世界に認められるオレンジワインを生み出しました。
2000年代
グラヴネルらがこの伝統的なワインを復活させた当初はかなり辛辣な評価も受けたそうです。
しかしその圧倒的個性で徐々に著名な人々の関心を集め、最終的に熱狂させてしまいます。
とは言え、別ブログで書いたようにナチュラルワイン、ましてやキワモノを極めたようなオレンジワインに対する拒否反応というのは新しい流れにつきものの激しさがあり、世界のワイン界で最高権威といえるマスター・オブ・ワイン(MW)たちですら真っ二つに意見が割れたそう。
全面的に支持するMWと、それこそ人が想像しうる限りの辛辣な言葉を集めたような言い方で批判するMW。
かの有名なロバート・パーカー(広告を載せないことで信頼を得たワイン誌「ワイン・アドヴォケイト」にて100点満点の採点でワインを評価。神の舌を持つ男と言われる。)もナチュラルワインをこき下ろしており、その拒絶ぶりは凄まじいものです。
その他のワイン評論家や専門家も、オレンジワインの流通当初はかなり批判的な声が目立った。
「糞の匂いがする」だとか「時間の無駄」だとか。
そこまで言う?
2010年代
批判的なプロの意見を尻目にオレンジワインのブームを盛り上げたのは一般消費者でした。
各地のバーやレストランで徐々に人気を集めはじめ一定の市民権を得るようになります。
その流れに評論家と専門家が後追いするようになっていきました。
現在に至っても意見を違える専門家はいますが、少なくとも公にこき下ろす記事はあまり見なくなりました。
この流れでなんとなく想像したのは、写実的な日本洋画を嫌う若い芸術家、あるいはJPOPをこき下ろす往年の音楽ファン、のような構図です。
公正になりきれない理性、生理的に受け入れられない感覚というものは誰にでもありますが、しかし徐々に時代は移っていき、社会の感性も変わるものです。
さいごに
是非一度実際に味わってみてください。
好きになるか、嫌いになるか、もちろん個人の自由です。でもどんなワインでも造り手さんは美味しいものを造ろうと造っていて、そこにはいろいろな歴史、伝統、想いが詰まっています。
飲みたい時に飲みたいものを飲むのが正解ですが、もし少しでも興味を持っていただけたなら、ちょっとだけ造り手さんやその土地に寄り添って飲んでみてはいかがでしょうか。
参考文献
サイモン・J・ウルフ著『Amber Revolution』
鈴木純子著『自然派ワインをはじめよう』
ジュール・ゴベール-テュルパン (著), アドリアン・グラン・スミス=ビアンキ (イラスト)『ワインの世界地図』
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